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歌舞伎・演劇

歌舞伎座について

歌舞伎座の歴史

近代歌舞伎の歩みです

歌舞伎座は演劇改良運動に熱心だった福地源一郎(1841~1906年)が中心となって、自らの理想を実現すべく開場しました。演劇のジャンルをそのまま劇場の名称としましたが、当時は市村座・新富座などのように座元の名前や地名をつけるのが普通でしたので、歌舞伎座はその存在自体が大変斬新な劇場だったのです。
また、この頃は「團菊左」と呼ばれた九世團十郎・五世菊五郎・初世左團次が揃って出演し、常に劇界をリードしていました。

開場当初の歌舞伎座 日本最初の舞台写真「暫」
明治28年(1895年)11月撮影
明治から大正時代の歌舞伎座

明治44年(1911年)11月に純日本式の宮殿風に大改築。大正3年(1914年)からは松竹合名社(現在の松竹株式会社)が興行の一切を受け持つようになります。
経営が軌道に乗っていた大正10年(1921年)10月、漏電により焼失。さらに、新劇場を建設途中の大正12年9月1日、関東大震災に遭い、工事が一時中断しました。

3年の空白を置いて、大正13年(1924年)12月に現在の建物の原形である奈良朝に桃山様式を併せた大殿堂が落成しました。
そして、時代は昭和へ。歌舞伎座は黄金時代を迎えます。十五世羽左衛門・六世菊五郎・初世吉右衛門などの名優が活躍し、日本を代表する劇場としての地位を揺るぎないものにしました。

戦時下の昭和20年(1945年)5月の大空襲により焼失しますが、昭和26年(1951年)1月に現在の歌舞伎座が復興。古典のみならず新作など数多くの名舞台を送り出し、昭和63年(1988年)には開場百年を迎えました。

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