
慶長8年(1603年)
京都四條河原で出雲の阿国がかぶき踊りをする。
これを歌舞伎発祥とする。
四条河原の女歌舞伎が評判となる。
元和年間(1615~1623年)
京都所司代板倉勝重が四条河原に7つの櫓を官許する。
この頃を南座発祥とする。(歌舞伎事始)
元和3年(1617年)
2代目阿国が四条中島で興行をする。
延宝年間(1673~1680年)
7つの櫓のうち一座が廃絶し、6つの櫓になる。
享保9年(1724年)
5月、北側の芝居から出火し全座焼亡するが、11月各座とも復興する。
享保15年(1730年)
近所の水茶屋から出火し、六座とも焼失。これより瓦葦きとなる。
寛保元年(1741年)
11月の大火で二座が廃絶。
宝暦・明和年間(1751~1771年)
南の芝居と北東の芝居、西の芝居の三座になる。
寛政6年(1794年)
四条河原の大火で3つの櫓が焼失する。
文化・文政年間(1804~1829年)
一座廃絶し、北側の芝居と南側の芝居の二座となる。
文久3年(1863年)
祇園の大火で二座が焼失する。
明治3年(1870年)
6月に4条河原の大火で二座焼失するが、10月に二座とも復興する。
明治20年(1887年)
南北二座とも改築し、南は7月、北は11月に落成した。
明治26年(1893年)
5月に北側芝居が廃座した。
明治39年(1906年)
南座、松竹の経営になる。
大正2年(1913年)
11月に南座は全面的な改修をする。
12月吉例顔見世興行。
この時より東西合同のスタイルとなる。
昭和4年(1929年)
昭和の南座が誕生する。
平成2年(1990年)
2月に興行を終え、3月より大改修工事に入る。
平成3年(1991年)
10月南座新装開場となる。
平成8年(1996年)
南座建物は国の登録有形文化財となる。