Princess Letter(s)! フロムアイドル

私の新生活は、どちらかというと、
「期待」より「不安」が勝っていました。

だって、同じ一年生の生徒たちは皆、私よりずっと魅力的で、
アイドル候補生としての可能性に満ちているように見えて。

私はアイドルに向いていない──
自分でもわかっている。

あの、擦り切れたビデオテープの中のアイドル達に近いのは、
どうしたって皆の方だ。
そんな女の子たちが、私のライバルだなんて……。

私の憧れなんて、ここでは何の役にも立たないのかもしれない。

「不安」は私を遠慮がちにする。

慣れない寮での生活。
なかなか同級生に声をかけられず、
自分の部屋で過ごす時間が増えていく。

あまり打ち解けていない相手をお風呂に誘うのは気が引けて、
いつもサウナに私ひとり。

勇気を出して図書委員になったけれど、
図書委員はあまりほかの委員と一緒に仕事をする機会がなくて、
結局、ひとり。

「水茎さん、よかったら手伝おうか?」

せっかくそう声をかけてもらっても、
つい遠慮して「あ、大丈夫です」なんて答えてしまって……。

ひとりになりたいわけではないのに、
なにとなしに、引っ込み思案が顔を出し、
気がつけば今まで通り、ひとりの私。

私は以前と変わらないのかな、
変われないのかなって、
不安が頭で囁く。

私が憧れる、きらきら輝くアイドルは、
きっと、全然、こんな風ではない。

レッスン場の鏡に映ったどことなくさみしげな女の子。
彼女を見ているとまた、不安が囁いて。
「私なんか」って口をついて出そうになる。
やっぱり、私はアイドルに向いて──

「あやめちゃん、お待たせ! ホームルームが長引いちゃった」
「あやめん! 今踊ってたパートの振り、たよりに教えて~!」

四月、新しい春に出会った一学年上の二人の友達──
雁矢よしのさんと金魚鉢たよりさんは、
まるで街灯みたいに、新生活に戸惑う私を照らしてくれる。

あやめちゃんの長い髪、つやつやサラサラで、遠目からでもすぐあやめちゃんだ! ってわかったよ」
「ダンスも手足がスラ~っときれいだから、つやサラ髪もふんわ~って舞ってカッコいいんだよねえ~!」

「そんな、私なんて」
「ぶっぶ~、あやめん、私『なんて』は禁止だよう!」
「せっかく三人でフレッシャーズフェスティバルに出場するんだもん、遠慮しないで、目いっぱい楽しもう!」
「……はい!」

二人は人の良い所を見つけるのが本当に上手で、
一緒にいると、私はいつもより少しだけ、
自分の事を好きになれる。

心がうれしくなって、温かな気持ちになれる。

二人がいてくれるなら、
私はもう少し、学園生活をがんばっていこうって。

もう少し打ち解けて、お友達を作って……。

誰にでも優しくて、素直に笑顔を向けられて、
好きな相手と、ちゃんと仲良くできるようになりたい。

憧れのアイドル。
それはつまり、私にとっては、
あのビデオテープの中のアイドルだけでなく、
尊敬する二人の友達の事でもあって。

私は、私がアイドルに向いていなかったとしても、
アイドルになることをあきらめたくない。

せっかくフレッシャーズフェスティバルに出場するのだから。

よしのさんやたよりさんが教えてくれた。
そんな二人が、私と世界を繋いでくれた気がする。

* * *

フレッシャーズフェスティバル──
そのステージは、
私にはあまりに大きな舞台で……、

毎日、レッスンを重ねて、
できることはすべてやってきたつもりだったのに、
リハーサルを終えただけでも胸が苦しいほどドキドキして、

本番前、久しぶりに「不安」が私の前に顔を出す。

大好きなよしのさんとたよりさんと、
同じステージに立っていいのだろうか?
パフォーマンスで足手まといになったら、
大好きな二人の進む道を邪魔してしまうかもしれない。

たとえアイドルに向いていなくたって、
私のなりたいアイドルを目指そう。
そう決めたはずなのに……。

控室の鏡の中、女の子はどんな顔をしているだろう。
そう思った時だった。

「あやめちゃん、どうしよう……!」
鏡越しでよしのさんが青い顔をしていて、
震えた声と瞳が私に訴えかける。

「緊張して、衣装のチャック、壊しちゃったかも……」
「よしのさんが、緊張……?」

私だけが本番を迎えるわけではない。
そんな当たり前の事、
その時まで私は忘れていた。

よしのさんの小さな手は、
いつもより白く、
かすかに震えていた。

「大丈夫です、まだ時間はあります。私が直しますっ」

そう言って、よしのさんの衣装に手を伸ばした。
でも、私も手が震えて、
うまくチャックを引けなくて……。

「どうしよう、たよりさんはどこにいるんでしょうか……?」
「ついさっき、ちょっと様子を見てくるね~って言ってたけど……」

「たっだいま~! よしのん、あやめん、準備は万端かなあ~?」
「たよりちゃん……!」
「たよりさん、助けてください!」

たよりさんは大きく首を傾げた。
その手には熱々のたい焼きが入った紙袋。

「よしのさん、たよりさんのたい焼き、持っていてください」

温かな紙袋を両手で受け取って、
よしのさんはほっと息をついた。

「なんだか温かくて安心する」

一方、手が震えていないたよりさんには、
チャックを引っ張ってもらう。

「あちゃ~、生地が挟まっちゃってるみたいだよう」
「たよりさん、生地の方をそうっと引っ張りながら、動かしてみてください」
「おっけ~」

すると、チャックはするりと元に戻った。

「よしのん、直ったよう!」
「あやめちゃん、すごい! 二人ともありがとう」

よしのさんは半泣きで、
抱きしめられたたい焼きの袋は、
クシャッとなっていたけれど、
たよりさんは笑ってよしのさんを慰めた。

その時、わかった気がした。
私、この輪の中にいるんだ、
ひとりじゃないんだって。

友達が、仲間ができたって。

「あやめちゃんがしっかり者で本当に助かったよ」
「たよりもよしのんもいっつも頼りにしてるもんねえ!」

そんな、私、私なんて……、
全然、しっかり者じゃなくて、
ちょっと憶病なだけだ。

髪だって、アレンジが苦手だから、
長く下ろしているだけだし、

歌もダンスもまだまだだから、
せめて、ちゃんと覚えて、丁寧に動こうって、
そう思っているだけなのに……。

「そこが、あやめんのスゴイ所で、良い所なんだよねっ☆」
「あやめちゃんのおかげで、だいぶ気持ちが落ち着いてきたよ」

大好きな二人が、私を頼ってくれている。
私と、ステージに立とうとしてくれている。

それなら、私は二人に応えたい。

二人がいつも、「良い」って言ってくれる、
アイドルに向いていない私のままで、
フレッシャーズフェスティバルを、
精一杯、楽しみたい。

「今日はたくさんたくさん、楽しみましょうね」

* * *

フレッシャーズフェスティバルのステージには、
明るい光が溢れ、

出場した生徒達の熱意が、
客席に零れ落ちるよう。

初めてのステージ。

自己紹介するような気持ちで、
歌い始めた。

か細くて、でも捨てられない、
この思いが伝わりますように。

そう思いながら客席を見渡す。

遠くに同じクラスの生徒たちが、
固まって立っていた。

どう思われるだろう……。
まだ、そう思ってしまって……。

でも、次の瞬間、
彼女たちが手を振って、

「水茎さーん!」
「がんばってー!」

その声に、胸が温かくなる。

私、ステージの上でなら、
いつもよりずっと心が開ける気がする。

いつもは口に出せない思いも、
パフォーマンスでなら、
伝えることができる……かもしれない。

だって、こんなに楽しいから。

* * *

私たちはフレッシャーズフェスティバルで優勝し、
聖花祭のステージに出場できることになった。

今度は一人ひとり、
自分がどんなアイドルになりたいか、
皆に見せていかなければならない。

よしのさんとたよりさんと、
お祝いしていた時、気が付いた。

アイドルになる事が夢のゴールではなくて、
理想のアイドルになる事が、目指す場所なんだ。

だから、本当に夢が叶うのは、
多分、ずっとずっと先の事。

聖花祭に出場した、その先には何があるのだろう。

「いつか、三人で武道館のステージに立てたらいいね」

誰ともなく、そう口にした。
武道館、それは夢のステージだ。
いつも観ていたビデオテープの中のアイドルが立っていた場所。

もしも、私があの場所に立てたなら、
夢が叶うのはきっと、その時……。

カフェの窓硝子に映った女の子は、
なんだかとってもうれしそうで、

テープの中の憧れほどではないけれど、
ほんのちょっとだけ、アイドルみたいに、
ほんのちょっとだけ、きらっと、して見えた。

これから先の学園生活に「期待」していいのだろうか。
もう一度、世界と繋がれるのだろうか。

その時まで、どうか、待っていてほしい。

これから出会える誰かのために、
大切な仲間と一緒に。
次のステージに向かって――。

* * *

水茎あやめ ポエトリーノベル#1
『期待していいですか?』
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