初めて憧れのアイドルを見つけた時も、
自分もステージに立ちたいと思った時も、
常和歌学園に入学を決めた時も、
私は全然、アイドルに向いてはいなかった。
私が思い描くアイドルは、
いつも明るくて笑顔でかわいくて──きらきらしていて。
鈴が鳴るみたいに笑う、まるで太陽みたいな女の子。
そう、例えば雁矢よしのさんや金魚鉢たよりさんみたいに、
触れ合うこちらの気持ちまで明るくしてくれるような女の子。
もっと前に出て、大きく笑って、自分の気持ちをはっきりと、
みんなにわかってもらわなきゃ……。
もっと堂々と振る舞って、もっときらきらと輝いて、臆せずに目立って。
全部、私の苦手なこと。
でも、できるようになりたいこと。
だって、私はアイドルに向いていないまま、
アイドルになったのだから――。
アイドルになることができても、私は私のまま。
ただ毎日、目の前の事に必死に、
しがみつくよう取り組む日々。
ステージも取材も、他の仕事も、
それだけで精一杯になってしまって、
それ以上のことに気を回すことができない毎日。
「私だけ」が安心できる、
「私だけ」がひとりで描いた枠の中にいるだけでは、
「私とみんな」の理想のアイドルになんてなれないのに。
だから、私は最近、いつものレッスンのほかに。
──秘密の特訓をしている。
「じゃあ、今日こそ大きな声でお話ししようねー♪」
初夏の眩しい太陽の下、
よしのさんがグラウンドの向こうで手を振った。
「と、届くでしょうか……」
「大丈夫~! あやめんはたよりたちの質問に答えるだけでいいんだよう〜☆」
たよりさんが遠くで元気よく飛び跳ねる。
「あやめちゃん、焦らず落ち着いてね!」
「は、はい……! で、では、今日もお願いします」
まずは、よしのさんが尋ねた。
「あやめちゃーん、今日も猫はかわいいですかー??」
私は息を飲み、意を決して答える。
「ね、猫さんは……とっても、か、かわいいです……!」
続けてたよりさんが質問する。
「あやめんも、タイヤキっておいしいなあって思う〜?><」
「お、思います! タイヤキは、おいしいです〜……!」
恥ずかしい。思わず頬が熱くなる。
でも、もっと大きな声で、二人に届けないと。
「あやめちゃん! アイドルって、楽しいですかー?!」
「た、楽しいです~……!」
「あやめーん! たよりんとよしのんのこと、大大大大どわ〜いスキ☆ ですか〜!?」
「ど、どわい……? だ、大好きです……!」
「あやめ〜ん! もうちょっと大きな声で言わないと聞こえないよう><」
「は、はい……」
私が胸に秘めている言葉。
私が伝えたくても言えなかった気持ち。
口にするのはなんだか恥ずかしくて、真っすぐで──正直な気持ち。
「水茎さーん!」
そこへ、数人のクラスメイトが通りかかった。
「今日も声出し?」
「ちゃんと日焼け止め塗った〜??」
「は、はい……! 塗りました~……!」
がんばってね、と口々に言って
笑顔で手を振ってくれる。
「ありがとうございます……!」
遠くからでも見えるように、
私も頑張って口角を上げて手を振り返す。
私が胸に秘めている言葉。
私が伝えたくても言えなかった気持ち。
口にするのはなんだか恥ずかしくて、真っすぐで──正直な気持ち。
──今はそれを受け止めてくれる人たちがいる。
それだけで、胸の奥がじいんと温かくなる。
アイドルに向いていない私でも、
もっと「何か」ができるような気がする。
「あやめちゃーん! えへへー、さっきの質問、もう一度ねー♪」
「は、はい……!」
「あやめんは〜、たよりんとよしのんのこと──大好きですか〜?!><」
私は、よしのさんやたよりさん、
応援してくださる方々に伝えたいことが、
たくさんたくさんあって。
もしかしたら、その想いを表現できる時を、
ずっとずっと、待っていたのかもしれない。
恥ずかしがっている場合じゃない。
今、伝えなかったら、二度と言えないかもしれない。
「またいつか」なんて思っていたら、きっと後悔する。
「またいつか」なんて思っていたら、
──私はずっと変わらないままだ。
ずっと思っていることを、
素直に言葉にしてみるだけ。
ふたりは私の気持ちを、
絶対に受け止めてくれる。
そう思ったら、不意に喉のつかえが取れた。
「だ──大好き、です!」
「あやめちゃん……!」よしのさんが目を瞬かせた。
「大好きです……! おふたりのこと、だいだい──大好き、です……!」
「あやめん!」たよりさんが頬を緩ませた。
「いつも……うまく言えないけれど。とても、とても──感謝しています……!」
私は矢継ぎ早に、精一杯の大きな声で続ける。
「感謝、というか……違うんです! 本当はもっと、うれしいんです……!」
「もっと、胸の奥がふわふわするような気持ちで……」
「あの! またいつか、おふたりにもお手紙、書きますね!!」
「やったー♪」「わあい☆」
よしのさんとたよりさんが、両手で大きな丸を作ってくれた。
「あたしもお返事書くからねー!」
「あやめんの気持ち、バッチリ届いたよう~!」
「うれしいです、ありがとうございます……!」
私が目一杯、きちんとふたりの瞳に映るように、
両手を大きく、大きく振ってみせたら、
ふたりは私の憧れにふさわしいような、
とびっきりの笑顔を向けてくれた。
これですぐに「何か」ができるようになるわけではない。
私はどこまでいっても、きっと、
アイドルには向いていない私のままだ。
けれど、積み重ねてきたこの想いがふたりに伝わったのなら、
この次は──もっとたくさんの想いを届けよう。
──一歩だけ進んだ私から。憧れのあなたたちに向かって。
* * *
アイドルになってから、わかったことがある。
私に手紙を書いてくれるファンの方々は、
私がアイドルらしく振る舞うことが苦手だと知っている。
それでも。
みんなは一生懸命な私が好きだと伝えてくれる。
がんばっている私を見ると、
勇気が湧く、元気づけられると言ってくれる。
受け入れられると、自分でも驚くほど安堵して、
涙が零れそうなほど嬉しい気持ちになる。
まるで翼が生えたみたいに心が軽くなる。
せっかくみんながくれた「翼」だから、
小さく畳んでしまうのはもったいない。
「私だけ」が安心できる、
「私だけ」がひとりで描いた枠の中にいるだけでは、
「私とみんな」の理想のアイドルになんてなれないから。
もう少しだけ、はみ出したい。
みんなが想像するより、
ほんの少しだけでも──
空に浮かんだ自分も見てもらいたい。
枠の外側の世界に、どんな空が広がっているのか知りたい。
できればみんなと一緒に、その景色を見てみたい。
今の私はやっと、
ひとりがおさまるくらいの枠の中で立ち上がって、
おそるおそる翼を広げようとするところだ。
翼を大きく羽ばたかせて、外へと飛び立つためには、
まだまだたくさんの準備が必要で。
アイドルに向いていない私の、
どこまでもほど遠い挑戦に、
みんなにも付き合ってもらえるだろうか。
また、手紙を書いてもらえるだろうか。
きっと、他のみんなみたいに、
まっすぐ高くは飛べない私を、
応援し続けてくれるだろうか。
私がアイドルに向いていないことは、最初からわかっていた。
アイドルに向いていないまま──私はアイドルになった。
私はみんながくれた「翼」を、
少しずつ、少しずつ──広げようとしている。
#プリレタ のすべてが分かる!
これまでのコンテンツやストーリーを一挙にまとめています。