《Fire Shut Up in My Bones》MET初演 現地レポート

2022年1月19日 水曜日

演劇ジャーナリスト 伊達 なつめ

 

 2021年9月、3年ぶりに訪れたニューヨークは、18か月に及ぶ劇場閉鎖から解き放たれ、賑やかな祝祭空間と化していた。9月14日に公式再開したブロードウェイは、その週末にタイムズスクエアで「カーテン・アップ!」というキックオフ・イベントを開催。コンサートやトーク・セッションを繰り広げ、劇場街全体を大いに盛り上げた。

 その10日後の27日夜、同じ広場がMETオペラ一色に塗り替えられた光景も、息を呑む迫力だった。大勢の人で埋まった観覧席を取り囲むLED看板の多くが、昏い眼差しをこちらに向けるウィル・リバーマンのポートレートと“FIRE SHUT UP IN MY BONES ”の文字に占拠され、その下に設置された複数のスクリーンに、彼が主演するこの新作オペラが生中継されたのだ。

 

 4日後、メトロポリタン歌劇場で、その全貌に接することができた。黒地に鮮やかな赤い模様(花柄に見えた)シャツに身を包んだネゼ=セガンがにこやかにオケピットに現れると、客席は大歓迎の喝采。幼いころに受けた性的虐待のトラウマと闘う黒人男性のストーリーと聞き、ブリテンの『ピーター・グライムズ』のような陰鬱な世界を想像していたけれど、中身はマエストロの表情同様、思いのほか笑みがこぼれる場面も多く、ポジティブなパワーに溢れていた。

 

  METオペラ初の黒人作曲家となったテレンス・ブランチャードの楽曲は、主人公チャールズ(ウィル・リバーマン)や母ビリー(ラトニア・ムーア)の葛藤を陰影に富む繊細さで伝える一方、居酒屋やクラブ場面ではジャズ、教会ではゴスペルと、黒人音楽の真髄を理想的な形でオペラに融合させている。さらに、チャールズが大学の社交クラブで受けるイニシエーションでは、こうした場で行われるというアフリカン・ルーツのステップ・ダンスが、ショー・ストッパーとなる楽しさ。ここはブロードウェイでも活躍する振付家カミール・A・ブラウンが創り出した見せ場に違いない。こうなると、もはやオペラとミュージカルの境界線は無用、という気がしてくる。アフリカ系アメリカ人の歴史と文化を背負った、アメリカのオペラハウスだからこそ生み出せた同時代オペラ。今後繰り返し上演されるであろう、METオペラの重要なレパートリー誕生に立ち会えたのだと思う。

 

舞台写真

©Ken Howard/Metropolitan Opera

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