《セヴィリャの理髪師》みどころレポート

2025年7月4日 金曜日

コンサートソムリエ 朝岡聡

 

 

 ライブビューイングのシーズン最後を飾るロッシーニは、最高のエンタテインメントに仕上がった。その愉悦は序曲が始まった直後から私たちを魅了する。指揮のサグリパンティの繰り出す音楽は、何とも小気味よく、メリハリが効いて「これぞロッシーニ!」という歓びに満ちたもの。これなら間違いなく楽しめる!…と確信すると幕が開いて、物語開始。

 B・シャー演出の舞台は2006年以来のMETの人気の定番の一つ。何より色彩感豊かなのが特色だ。時代設定や衣装は18世紀風のオーソドックスなものだがデザインや色使いも美しい。また、冒頭登場する扉の群れが様々に変化したり、フィガロが登場時に乗ってくる巨大作業車など、独創的な仕掛けも次々に登場する。オーケストラピットの周囲も舞台として活用。トニー賞9回ノミネートの演出家は観る者を飽きさせない。

 

 そしてレチタティーボでもアリアや重唱でも、常に歌手たちは生き生きと動く。全員が「演じる」と言うより、登場人物そのものに「成りきって」いるから、その面白さが際立つ。しかも、それぞれが驚きのロッシーニ歌唱を披露してくれるのだ。

 まず、フィガロ役のA・ジリカウスキの〈私は街のなんでも屋〉の輝きは特筆もの。全ての音符を超高速で正確に、しかも表情豊かに歌う姿は圧倒的存在感に満ちており、アンサンブルでも終始このオペラをリードしていく。まさに一座の座長である。

 アルマヴィーヴァ伯爵は、すでに10以上のプロダクションでこの役を歌っており、満を持してのMETデビューとなったJ・スワンソン。去年イタリアのペーザロ・ロッシーニ音楽祭で聴いた時も凄いアメリカ人歌手が現れた!と感心したが、今回は『夢見ていたとおりの楽しさ』と語るMETの舞台で、伸びやかでスケールの大きな歌を聴かせてくれる。終盤の大アリア〈もう逆らうのはやめろ〉は圧巻の美声。容姿もキャラクターも青年貴族にピッタリ。

 恋のヒロイン、ロジーナはA・アクメトチナ。昨シーズンのMET《カルメン》が強烈な印象に残るメゾ・ソプラノだが、今回はロッシーニの肝である巧みな装飾歌唱も披露していてお見事。この人、まだ20代なのに歌の完成度がすこぶる高いのにビックリだ。

 脇を固めるP・カルマンやA・ヴィノグラドフの芸達者ぶりもあって、「演劇と音楽の幸せな結婚」がオペラなのを、つくづく納得させてくれる今回の舞台。数ある《セヴィリャの理髪師》の中の決定版の一つだろう。

 

METライブビューイング
2024-25
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