《アクナーテン》現地レポート

2020年2月13日 木曜日

ジャーナリスト 池原麻里子

《アクナーテン》:古代エジプトを舞台とした壮大なスペクタクル

 

ミニマル・ミュージックの巨匠フィリップ・グラスの寄せては返す波のように徐々に重層的に変化していく音楽に合わせて展開される大スペクタクル。その規則的にクレッシェンドしていくグラスの音楽をまるで視覚化したよう演出には、なんと多数のジャグリング師たちも登場し、スローモーションで動く歌手たちとは対照的な舞台づくりに貢献している。従来型のオペラというより、総合芸術としてオペラファンから初心者の方まで心から楽しんでいただける作品だと太鼓判を押したい。

 

舞台は紀元前14世紀、主人公は実在した古代18王朝のファラオ、アクナーテン(アメンホテプ4世)。あのベルリン美術館にある胸像で有名な美女ネフェルティティの夫と言った方が、分かりやすいかも知れない。オペラは多神教から太陽神アテンだけを信仰する、史上初の一神教開祖としてのアクナーテンの短い生涯を描いている。語り部役の英語だけ字幕がつき、その他の複数の古代言語の歌詞の字幕はないが、まったく問題なく楽しめる。

 

アクナーテンを演ずるのは、まるでこの役のために生まれてきたようなカウンターテナーのアンソニー・ロス・コスタンゾ。その役作りへの献身ぶりには感嘆せざるを得ない。何せ剃頭し、裸身で登場すべく、全身脱毛し、数か月前からワークアウトで身体作りしたのだ。市川海老蔵と歌舞伎の舞台『源氏物語』で闇の精霊役として共演したアンソニーは、透き通った美声と高テクニックの持ち主で、この難役を見事にこなしている。以前に2回この役を演じた本人曰く、今回のMET上演は過去最高の完成度だとのこと。その言葉通り、私が観た最終公演では完璧なパフォーマンスを披露してくれて、私はまるでタイムマシンで古代エジプトに旅行し、アクナーテンの革命を目の当たりにしたような感動を覚えた。

 

ネフェルティティ役は今回METデビューしたメゾソプラノのジャナイ・ブリッジス。アンソニーとのデュエットで、2人は舞台の反対側から同じ裾の長い真っ赤な衣装をまとって登場するのだが、そのビジュアルはため息が出るほど美しい。彼女の濃密な深みのある声は、アンソニーのカウンターテナーより太く、まるで男女の声が入れ替わったような錯覚を覚える。2人の独特な声が生み出す世界は見どころの一つだ。

 

単調なようで徐々に変化していくグラスの音楽は、パフォーマーたちにとって難易度が高いことで有名だが、それを見事に指揮するのは、同じく今回がMETデビューのカレン・カメンセック。学生時代からグラス・ファンだったという彼女は、オーケストラと歌手陣と乱れることなくまとめ、得意なグラス・ワールドに私たちを導いてくれる。

 

演出はいつもアイデアいっぱいの舞台を披露してくれるフェリム・マクダーモット。2011年にLVされた同じくグラスの作品《サティアグラハ》でもそのクリエーティブな手腕を発揮したが、今回もジャグリングや古代エジプトや現代の博物館、複数の階で展開するストーリーテリングに注目したい。奇想天外と思われるジャグリングが、なんと古代エジプトの壁画にあるなんて、誰が知っていただろうか。

 

グラスの音楽とマックダーモットの演出、素晴らしいパフォーマーたちがクリエートする古代エジプトの世界に、トランス状態で浸っていただきたい。

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