プッチーニ《ラ・ボエーム》みどころレポート

2025年12月10日 水曜日

 

音楽ジャーナリスト 飯尾洋一

 

 近年オペラで話題を呼ぶ演出といえば、大胆な読み替えなどアイディア勝負のものが多いが、斬新な演出が意味を持つのは、その反対側に正攻法の強力な演出があってこそだろう。フランコ・ゼフィレッリ演出の「ラ・ボエーム」は、まさにこのオペラの正典だ。作品本来の姿を100パーセント表現していると確信できる。

 METでゼフィレッリの「ラ・ボエーム」が初めて上演されたのは1981年。新演出に積極的に取り組むMETでそれが今も上演されているのだから、もはや伝説である。今回はジュリアナ・グリゴリアンとフレディ・デ・トマーゾというフレッシュなふたりがミミとロドルフォを歌って、この演出を清新によみがえらせた。ジュリアナ・グリゴリアンは2シーズン前までMET育成プログラムに参加していたという。温かみと深みのあるクリーミーな声で、可憐なミミを演じきった。フレディ・デ・トマーゾは輝かしい声の持ち主。英雄的なロドルフォとでも呼べるだろうか。

 

 ゼフィレッリの演出がもたらすスケール感とリアリティは圧倒的だ。第2幕のカフェ・モミュスは、今のオペラ界ではほとんど目にすることのできないスペクタクルである。幕が上がった瞬間に拍手がわきおこる。いったいこの場面で、ステージ上に何人が乗っているのか。200人以上はいるのではないだろうか。群衆がそれぞれ生きた人物としてそこに配置され、視覚的にも喧騒を伝える。METライブビューイング名物、休憩中の舞台裏映像では、第1幕が終わった後、第2幕の巨大なカフェ・モミュスのセットが人を大勢乗せたまま平行移動して設置される様子を映し出す。これもグッとくる場面だ。

 

 第3幕の雪の場面も名シーンだ。ミミとロドルフォの悲痛な別れが描かれる。若者たちの純粋さと不器用さが伝わってきて、なんとも切ないが、プッチーニが天才だと思うのはここで同時にマルチェッロとムゼッタの別れをコミカルに描くところ。「ラ・ボエーム」は泣けるオペラであると同時に、ユーモアの要素もふんだんに盛り込まれている。ゼフィレッリ演出を久々に見て、こんなに笑える場面が多かったのかと気づいた。

 「ラ・ボエーム」はオーケストラが多くを語るオペラでもある。プッチーニのスコアの充実ぶりは尋常ではなく、色彩的で洗練されたオーケストレーションによる交響詩といいたくなるほど。ケリー=リン・ウィルソン指揮のもと、キレがあり澄明なサウンドがドラマを伝える。演出、歌手、オーケストラの3つの要素がそろった名舞台である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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