新派・松竹新喜劇コラム
第6回
サンキューベリーマッチや

松竹新喜劇 二月特別公演 『大阪の 家族はつらいよ』(新橋演舞場)

 昭和を代表する劇評家であった戸板康二は、「新劇」の効用は、芝居を見終わったあとに、みずからの生活をおのずと反省させるところにある、という意味の発言をしていた。
 ここでいう「反省」は、シュンとしたりするというニュアンスではなく「自分の行いをかえりみること。自分の過去の行為について考察し、批判的な評価を加えること」と広辞苑に記載されている、本来的な語意にちがいなかろう。
 新橋演舞場で「松竹新喜劇 二月特別公演」と銘打って上演されている『大阪の 家族はつらいよ』を観て、戸板康二の言葉を久々に思い出した。自分が「家族」というものに、どう向きあってきたか、さまざまに思いをめぐらせたのである。
 山田洋次とわかぎゑふの共同脚本、山田の演出によるこの芝居は、二〇一六年に公開された山田洋次監督作品の映画『家族はつらいよ』を原作としている。内容をひと言で言えば平均的サラリーマン家庭をおそった〈熟年離婚〉の騒ぎをめぐるコメディである。これが新派に脚色され、二〇一八年に三越劇場で初演。大阪松竹座でも再演された。
 今回の新版は、新派作品をベースに、舞台を大阪に置き換えたもの。場所と言葉を変更しただけでなく、随所に工夫がこらされている。ことに、熟年離婚を切り出される周造(渋谷天外)の妻富子(井上惠美子)が、東京から大阪に嫁いできたという設定はじつに効果的だった。融通無碍な大阪言葉で状況判断を先のばしにしようとする男たちに対して、東京言葉の、言ってみれば「芝居がかった」言いまわしでストレートな自己表現をする妻、という対比が面白いのだ。東京で生まれ育った言葉遣い、食習慣のまま大阪に嫁いだので、はじめは苦労したという問わず語りの場面も、彫りの深い人間スケッチになっていた。女性が結婚相手の「家」に入るとき、何を捨てなくてはならないのかという問題が、さらりとした筆致で描かれている。数分の会話から、たとえばいま論議されている「選択制夫婦別姓」などの制度までを連想させるのが、脚本の普遍性だろう。
 落語に精通した山田洋次らしい遊びもある。周造、富子夫妻の長女ですでに結婚している金井成子(泉しずか)とその夫の泰蔵(曽我廼家寛太郎)の夫婦喧嘩がワキすじにあるが、この夫婦の原型は落語の『厩火事』である。妻のほうが稼ぎがあり、亭主が遊んでいるように見える『髪結いの亭主』の設定がまずそうだし、成子が亭主の大事にしている皿を割ってしまい、亭主が皿のことばかり言うので夫婦仲に亀裂が入るのは『厩火事』そのものである。
 すぐれているのは、単に落語の設定を持ってきたというだけでなく、すぐにおろおろする「気にしい」(薄毛のことを指摘されるとすぐに傷つく、寛太郎の毛髪量を踏まえた脚本のあて書き!)の亭主を肯定する視点で、それゆえに夫婦は現代の人間になっている。
 それにしても、寛太郎や藤山扇治郎(周造の次男の庄太役)の芝居を観ていると、いまさらながらに大阪言葉の面白さに気づかされる。大阪の男たちにとって、すべての状況を茶化してしまう大阪弁は、このうえなく便利な身を守るための肌着なのかもしれない。だからこそ大詰で周造がぎこちなく「サンキューベリーマッチや・・・」と妻につぶやくひと言が効くのだ。英語ではなく、カタカナの謝辞に「や」をつけたのは、山田洋次かわかぎゑふか。
 親たちが離婚したら、子供たちの仕事や孫たちの暮らしに悪い影響があるのではないかと家族で議論するシーンがある。私などは、いまどき離婚にそんなネガティブな印象があるのかなあと思ったりするのだが、そんな感想を呟きたくなるくらい、ドラマがこちらと地続きのところにある。松竹新喜劇の芝居を観て、これほどに現代を感じるのは嬉しいことだった。

 今回の公演は二本立てで、まずはじめに『駕籠や捕物帳』が上演される。こちらは舘直志作のまげもので、昭和二年に初演された劇団の「古典」。私の観た日はこのところよくゲスト出演をしている久本雅美と寛太郎の駕籠かきコンビで、観客を喜ばせていた。
 まげものから現代劇まで。この幅の広さが松竹新喜劇の楽しさである。

松竹新喜劇 二月特別公演 『駕籠や捕物帳』(新橋演舞場)

 

松竹新喜劇 二月特別公演
『駕籠や捕物帳』
『大阪の 家族はつらいよ』
会場 新橋演舞場
日程 2020年2月1日(土)~2月11日(火・祝)
※本公演は終了しております。


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文・和田尚久(わだなおひさ)

放送作家・文筆家。東京生まれ。 著書に『芸と噺と 落語を考えるヒント』(扶桑社)、『落語の聴き方 楽しみ方』(筑摩書房)など(松本尚久名義で上梓)担当番組は『立川談志の最後のラジオ』、 『歌舞伎座の快人』、『青山二丁目劇場』(以上、文化放送)、『友近の東京八景』、『釣堀にて』(以上、NHKラジオ第1)ほか。