団体・グループでのご観劇

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大阪松竹座は、大正12年(1923年)関西初の洋式劇場として誕生しました。

大林組の木村得三郎によって設計された正面の大アーチが特徴的なネオ・ルネッサンス様式の建築は、大阪の顔として親しまれました。開館は同年5月17日で、柿葺落し記念公演は、ドイツ映画『ファラオの恋』、松竹蒲田作品『母』、そして松竹楽劇部による実演『アルルの女』でした。

その後、松竹楽劇部(後のOSK)の本拠地となり、大正15年(1926年)4月には、以後恒例となるレビュー『春のおどり』の第一回公演が行われました。松竹楽劇部をメインに、海外の舞踊団、俳優による実演も行われ浪速の新しい文化の拠点となっていきました。

以後戦前は洋画を中心に、戦中と戦後すぐには邦画封切館として興行、そして、昭和27年(1952年)7月からは洋画封切館として再発足、数々の名作を上映し、平成6年(1994年)5月洋画封切館としての歴史の幕を閉じました。

開場記念式典(平成9年)の様子

大阪松竹座の新築開場記念式典が2月26日、盛大に開催されました。

式典には高円宮殿下ご夫妻、吉田茂文化庁長官、横山ノック大阪府知事、磯村隆文大阪市長をはじめ、落語家の桂米朝さんなど関西を代表する著名人も含め、約1,000名の方々のご出席をいただきました。

開幕は、市村羽左衛門丈、中村鴈治郎丈、片岡孝夫丈による祝事用の舞踊、『寿式三番叟』。続いて永山武臣松竹会長、奥山融松竹社長が挨拶を行い、吉田文化庁長官、横山大阪府知事、磯村大阪市長の御三方に御祝辞をいただきました。

クライマックスは歌舞伎俳優らをはじめとする122人が舞台に勢揃いしての「古式顔寄せ手打ち式」。これは出し物などの確認をおこなうためのもので、挨拶などの後、市村羽左衛門丈の発声により「大阪締め」で締めくくられました。今回行われたこの「古式顔寄せ手打ち式」は、近代以降、関西では初めてとのこと。

そしていよいよ最後のプログラム、ソプラノ歌手・中丸三千繪さんの「アヴェ・マリア」など4曲の独唱では、会場割れんばかりの拍手が起こり、大阪松竹座の新築開場式典は華やかに終了いたしました。

大阪松竹座緞帳

緞帳題名『有職麗華(ゆうそくれいか)』

有職文様とは平安時代以後、公家や女房などの装束、あるいは調度に用いられた文様で、元来その起源が中国や西域など大陸に求められるものと、鎌倉時代以後日本で考案されたものとがございます。

ここに取り上げました図柄は、前者に属するもので、唐華、唐草文(敢えて言うならば「芙蓉」あるいは「葵」を様式化したもの)を立涌取りに組み上げたもので、茎は花に対してやや細く優美な趣を示し、上品な印象を感じさせるものとなっております。取材元が白黒の線描下絵であるため、色彩については、文様の持つイメージを損なう事のないよう考慮し、「柿色」や「萌葱」あるいは「山吹」といった日本の伝統色を用いて段替り風に配彩を施しました。 華やかな中にも、気品のある格調高い緞帳です。

使用原材料 経糸 綿糸 綿糸総本数 9,700本
緯糸 人絹(スラブ糸・スフ糸・レーヨン)
使用配色数 110色
総重量 1,000kg
色彩について 基本的には日本の伝統色
地色・・・柿色
葉・茎・・・木財色、萌葱色
花・・・・(上から)幹色、山吹色、薄香色、杏色
高倉家について 王朝時代から連綿と続く有職の歴史の中で、長く官中に出仕して装束・衣文を代々の家職とし、その権威の家として知られる。