《フリーダとディエゴ 最後の夢》みどころレポート

2026年7月6日 月曜日

音楽ライター・映画音楽評論家 小室 敬幸  

 

 実はかなり珍しいタイプのオペラなのではないか!――実在の人物を主役としても、物語自体はフィクション……というオペラ自体は昔から数多い。ところがオペラの作曲と、その題材となる実在の人物の生涯が100年と離れていない場合は少し事情が異なる。関係者や遺族がまだ存命であることも多く、証言や資料の扱い、名誉やプライバシーへの配慮など、現実的な問題がどうしても絡んでくるからだ。

 そのため近現代の人物を扱う場合には、完全な虚構というより、実話をもとに脚色している作品が多いのだ。METライブビューイングで上映された作品でいえば《ニクソン・イン・チャイナ》《マルコムX》《デッド・マン・ウォーキング》あたりがあてはまる。その反対のケースとなると、フィリップ・グラスの《完璧なアメリカ人》(主人公はウォルト・ディズニーだが、彼の伝記ではなく、ペーター・シュテファン・ユンクによる小説に基づいている)が該当するかもしれないが、同じグラスのオペラでも《浜辺のアインシュタイン》はアインシュタインが登場人物……とまでは言い切れないので当てはまらない。こうして考えてみると、現代史の人物をフィクションとして扱うオペラはやはり多くないようだ。

 だからこそ今回上演されるガブリエラ・リーナ・フランク作曲の《フリーダとディエゴ 最後の夢》(2022年初演)のように、20世紀なかばに亡くなった実在の芸術家を“神話”的に描くというアプローチのユニークさが際立つ。

 

 主人公となるのはフリーダ・カーロ(1907〜54/47歳没)と、その夫ディエゴ・リベラ(1886〜1957/70歳没)という著名なメキシコの画家ふたり。史実では1929年に結婚(フリーダ22歳、ディエゴ42歳で、ディエゴは3度目の結婚)したが夫婦関係は複雑で、ディエゴがフリーダの実妹らと不倫(!)するのに対し、フリーダも負けじと(?)彫刻家であるイサム・ノグチなどと関係をもつのだ。1939年にふたりは離婚するが、その翌年にはよりを戻して再婚。フリーダが1954年7月に亡くなるまで婚姻関係は続いたが、妻を失ったディエゴはその翌年の7月にマネージャーのような関係にあった、フリーダと同い年の画商と生涯最後となる5度目の結婚をしている(!?)。

 だが、その5度目の結婚の頃、ディエゴは秘書らとフリーダより前の結婚で生まれた2人の娘にむけた遺言を残しており、そのなかで自分が亡くなったら遺灰はフリーダの遺灰と一緒にしてほしいと望んでいるのだ(!!?)。まあ言うまでもなく、あまりに男性都合の身勝手さで、なんてふてえ野郎だ!……と呆れたり怒ったりしたくなるところなのだが(その2年後にディエゴは亡くなったが、実現しなかったそうなのでどうかご安心を……)、台本を手掛けたニロ・クルスの創作意欲を刺激し、本作が生まれるきっかけとなった。

 もうひとつ本作を観る上で事前に知っておくと良さそうなのは、史実のフリーダが絵を描いていたモチベーションが「痛みや苦しみ」と分け難く結びついているという事実だ。6歳でポリオ(急性灰白髄炎)にかかってしまい、右脚の一部の成長が止まってしまう(それを隠すためにロングスカートを履いていたそうだ)。カメラマンだった父親は脚のリハビリのために彼女をハイキングに連れ出し、写真だけでなく趣味としていた水彩画を教えたのだ。さらに18歳のときには通学中に乗車していたバスが電車と事故を起こし、右脚と背中に後遺症が残ってしまった。その痛みを紛らわすべく絵と向き合うようになっていったのだという。

 

 ではオペラにおけるフリーダはどうであろうか。第1幕で死後の世界にいる彼女は、ディエゴが自分を必要としていると言われても、すぐには信じようとしない。そして身体的な痛みや精神的な苦しみから解放されたいま、絵を描きたいというモチベーションさえ失っているのである。繰り返しとなるが生前のフリーダにとって、痛みや苦しみは単なる不幸ではなく、創作の源泉でもあった。だとすれば、それらから自由になった死後のフリーダには、現世に戻る理由などひとつもないわけだ。この難しい役どころを務めるのは、幅広い役柄を毎回完璧に歌い演じるメゾソプラノ歌手イザベル・レナード。その安定感は今回も健在である。

 ところが若くして亡くなった俳優レオナルドの行動と言葉に触れるなかで、フリーダの考えに少しずつ変化がおきていく。ディエゴのためではなく、それを利用して自分自身のために現世に戻り、生前の「痛みや苦しみを描いて自己を表現する画家」ではない、異なる新しいフリーダ・カーロを芸術で表現するチャンスなのではないか? そう捉え直すようになって現世に戻るのだが、第2幕ではその通りにはいかないというのがとても面白い! 「死者」である彼女が、どのような「生き方」(!)を選ぶのか、是非とも劇場で御覧いただきたい。ヒントは「《オルフェオとエウリディーチェ》を逆にした台本」という作品紹介にも書かれている情報だ。

 

 なおディエゴ・リベラについて、この役を見事に演じきったスペイン出身の伝説的なバリトン歌手カルロス・アルバレスは幕間のインタビューで明確に「現実の二人の愛において彼は悪者でした」と断言している。現実のディエゴを美化したり正当化したりしようという気持ちはないのだ。ただ、このオペラにおけるディエゴは違う。史実にインスピレーションを得ているが、あくまでもフィクション。ifのディエゴなのである。

 また本作の魅力を語る上で、死者の番人カトリーナ(《オルフェオとエウリディーチェ》におけるハデスに相当)の存在も欠かせない。ある意味では主人公2人以上の存在感を放っており、《魔笛》の夜の女王のようなインパクトのある役柄だ。毎回3時間半を要するという特殊メイクも含めて、観客に強い印象を残すに違いない。演じるガブリエラ・レイエスはMETで《トゥーランドット》のリュー役や《ラ・ボエーム》のムゼッタ役で成功を収めているといえば、カトリーナが本作において音楽的にも重要な立場であることが伝わるだろうか。

 

 作曲者のガブリエラ・リーナ・フランクはアメリカ人だが、母はペルー系と中国系の血を、父はリトアニア系とユダヤ系の血を引いているのだという。多文化的なルーツを活かした作品で知られ、今年2026年にはアメリカの作曲家にとって最も栄誉ある賞のひとつ、ピューリッツアー賞音楽部門を獲得している、いまや名実ともに現代アメリカを代表する作曲家のひとりだ。そんな彼女の音楽に共感を寄せながら、舞台美術に負けないぐらい色彩豊かなサウンドを引き出していくMET音楽監督ヤニック・ネゼ=セガンの見事な手腕は相も変わらず(今年はウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートに初出演して話題を呼んだのも記憶に新しい!)。

 2022年に初演されたばかりのスペイン語のオペラにもかかわらず、アメリカ各地で再演が続いている。数多い新作オペラのなかで、近年最大の話題作のひとつと言っていいだろう。日本語字幕付きでみられる貴重な機会を逃さないでほしい。

METライブビューイング
2025-26
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