エンタテインメント
歌舞伎考第1回
歌舞伎というポップカルチャー

今回からこの連載を任されました九龍ジョーと申します。
普段はライターとして、音楽や映画、演劇、小説、マンガその他、いわゆる「ポップカルチャー」というジャンルを主戦場に原稿を書いています。私がこの連載を通して、皆さんに言いたいことはただ一つです。

「歌舞伎もまた、現代のポップカルチャーである」
これに尽きます。

もちろん出雲の阿国が歌舞伎の起源となる「かぶき踊り」を始めたのがだいたい江戸幕府誕生の頃といいますから、歌舞伎にはざっと400年を越す歴史があるわけで、そこにはさまざまな伝統や蓄積が根づいています。そうしたものを詳しく解説した本も、すでにたくさん存在しています。
と同時に、歌舞伎には、時代とともに移り変わる観客を理屈抜きに楽しませてきたという側面もあります。常に同時代のエンタテインメントとしての強度があるからこそ、それは可能なのだろうと思います。

そこで、この連載では、歌舞伎を現在のポップカルチャーの文脈に置いてみることで浮かび上がる魅力について、考えみようと思うのです。
最終的には、むしろ歌舞伎について考えることで「ポップカルチャーとは何か?」が見えてくる、という地点にまでたどり着ければとも思うのですが、それはいまはおいておきます。

名乗るのも、屋号を呼ぶのもカッコいい

私自身の歌舞伎との出会いは、高校生の頃でした。
学校行事の歌舞伎鑑賞教室で『青砥稿花紅彩画』、いわゆる『白浪五人男』と呼ばれる演目を観たのです。
半蔵門の国立劇場。主役の弁天小僧菊之助を、十世坂東三津五郎(当時:八十助)が演じていました。

いまからすれば、なんと贅沢なことだったのだろうと思います。当時はそんなこともわからず、「○○屋!」という大向う(掛け声)を覚えたクラスの連中が、それを真似して、帰りのバスで同級生の久保谷という男の名を大声で呼び続けたこと ばかりが思い出されるのです。
それでも、弁天小僧をはじめとする五人の盗賊が、揃いの衣裳で番傘を差し、「つらね」と呼ばれる自己紹介をする場面のカッコよさは、記憶の片隅に残っていました。
その後、現代の舞台芸術を追いかけるようになる中で、お勉強として、数年に一度は歌舞伎を観るようになりましたが、5年ほど前、あることをきっかけに歌舞伎と決定的な「出会い直し」をします(これについては、いずれ改めて書くことになるでしょう)。
それからは毎月のごとく歌舞伎座を中心に、さまざまな歌舞伎公演に通うようになりました。

そうなってみて、すぐに気づいたことがありました。
それは、私たちは知らず知らずのうちに、身の回りのポップカルチャーを通しても歌舞伎に触れている、ということです。

というわけで、次回はそのことについて書いてみようと思います。

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文:九龍ジョー

1976年生まれ、東京都出身。ライター、編集者。主にポップカルチャーや伝統芸能について執筆。編集を手がけた書籍、多数。『文學界』にて「若き藝能者たち」連載中。著書に『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』(DU BOOKS)など。

画:高浜 寛(Kan Takahama)

熊本県天草生まれ。筑波大学芸術専門学群卒。著書に『イエローバックス』『まり子パラード』(フレデリック・ボワレとの共著)『泡日』『凪渡りー及びその他の短編』『トゥー・エスプレッソ』『四谷区花園町』『SAD GiRL』『蝶のみちゆき』など。『イエローバックス』でアメリカ「The Comics Journal」誌「2004年ベスト・オブ・ショートストーリー」を受賞。海外での評価も高い。