《サロメ》新演出 みどころレポート

2025年6月19日 木曜日

音楽評論家 堀内修

こわい魅力のサロメ

 

 サロメはヨカナーンが上ってくるのをおとなしく待ってなどいない。自分から地下へと降りていく。そこは宮殿の地下牢であるだけでなく、あぶない少女サロメの欲望が生まれる心の底のようだ。サロメの地下世界への旅が始まった。

 クラウス・グートが手がけると、《サロメ》もおなじみの人気オペラだと安心できなくなる。かつてザルツブルクのモーツァルト「ダ・ポンテ3部作」で世界を驚かせた演出家は、いまも刺激的な舞台でオペラ上演の先頭に立っている。メトロポリタン・オペラへのデビューになる《サロメ》でも遠慮などしなかった。2023/24年シーズンにウィーン国立歌劇場の《トゥーランドット》で、過去のトラウマから求婚者たちの首を切る王女の内面に迫ったグートが、今度はさらに常軌を逸した魅力を備えた王女に挑んでいる。

 

 サロメはオペラ《サロメ》の中で成長する、という見方は以前からあった。でも、この上演くらい成長がはっきり描かれた上演はなかった。しかも、描かれただけでなく、掘り下げられた。無垢な少女として現れたサロメはみるみる成長していく。無垢なままで。「7つのヴェールの踊り」ならぬ「7人のサロメの踊り」で恐るべき成長を遂げるサロメを見るのは、実にスリリングな体験だ。いや、聴くのは、というべきか。サロメを歌うE・ヴァン・デン・ヒーヴァ―が氷のように冷たい高音のフォルテで歌う時、聴く者は、魅了されると同時にたじろがないだろうか。Y・ネゼ=セガンはこれでもかとばかりに、メトロポリタン・オペラのオーケストラをR・シュトラウスの強大な音楽へと駆りたてる。その厚い響きを鋭利な声が切り裂けば、たとえサロメが武器を手にしていなくたって、後退りしそうになるはずだ。

 

 P・マッテイの暖かみのある声で歌うヨカナーンが救いなのだが、そのヨカナーンがこのオペラでどんな目に遭うかは、誰だって知っている。金ぴかの装飾とも夏の夜の暑さとも無縁なこの舞台でヨカナーンの声が失われたあと、黄金色に輝くのはオーケストラの響きとサロメの声だけ。もうサロメの恐るべきモノローグを止められない。首のない身体と首を抱く女のいる暗い場所がまぶしい歌と管弦楽でいっぱいになる。あの女を殺せ!というヘロデの命令に思わずホッとしたところで旅が終る。あぶない少女の内面世界から無事帰還した後になってから、きっと秘かに思い出すだろう。呪われた女の魅惑を。

METライブビューイング
2024-25
ラインナップ

pagetop