#03

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二代目水谷八重子

――近年、山田洋次さんが新派の脚本・演出を手がけられていますね。まず小津安二郎の映画「麥秋」「東京物語」の舞台版をつくられて、今年は自作の「家族はつらいよ」でした。

水谷 山田監督は戦争をご存じなんです。灯火管制の場面があったときには、稽古場が明るすぎるといって蛍光灯を全部消して、真っ暗になっちゃったんですよ。「誰か懐中電灯持っていないか」っていって、舞台監督が持っていて、さらに周りをハンカチで覆う。この下で君たちは豆の皮をむく、あんたは繕いものをする、この明るさだよ、この明るさでやっているんだよ、舞台の明るさと違うだろうといって、それを体験させる、そういう演出家がいてくださるということは、とても有難い。

『東京物語』

――「東京物語」は戦争の傷跡がまだ深い東京が舞台になっていますね。

水谷 戦争に取られた息子を思う親が出てくるんですよね。若い役者は、そのころ私たちが満員電車に、どんな思いで乗ったかということを知らない。あるときは稽古場に全員集まれと言われて、何でもいいから稽古場の角に、みんなぐちゃっと集まれ、思い切り押せっていって、監督の命令だから、スタッフも何も全員で、あの稽古場のかどに、むぎゅっと押されて。こういう状態の電車だぞって、教える。そこからようやっと下りてきたという役をやるときに、やっぱりそういう実感がともなっていないと、口先だけになってしまう。

『東京物語』

――三作品目の「家族はつらいよ」は現代劇でした。

水谷 共通するのは人間愛ですね。やっぱり人間を愛しているから、「つらいよ」になるんでしょう。
 男はつらいし、家族もつらいし。それは人間に対する愛があるからつらいんだと思うし。
 今回のお芝居は、家族でも、それぞれ全部違う人間だよと言っている。違うからバラバラというんじゃなくて、そういう人間たちが寄りそって生きているという優しさですね。
 監督はどう思っているかわからないけど、私はもう新派のレギュラーにしちゃいたいなって(笑)。

『家族はつらいよ』

水谷 新派というのはジャムセッションみたいなもので、腕に自信がある人が、いろいろなところから寄せ集まってきて、新派をこしらえていく。だから(二代目 喜多村)緑郎さん、(河合)雪之丞さん、彼らが歌舞伎の財産を背負って入って持ってきてくれたのはとても嬉しい。新派には古典の演目も新作もあるけれど、日本人の失っちゃいけない、知っていなきゃいけないものが詰まっていると思います。
 若い人が、おじいちゃんや、おばあちゃんや、もっと前の世代の日本人が、どんな生活をして、どんな言葉や、どんなものを使っていたのかということを、ふっと触れたくなったときに、新派の芝居がそこにあるというのが大事なことだと思います。

おわり

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#02#04

水谷八重子(みずたにやえこ)

父は歌舞伎俳優の十四世守田勘弥、母は新派の名女優・初代水谷八重子。1955(昭和30)年8月に、歌舞伎座の新派公演にて水谷良重の名で初舞台。同時に歌手デビュー後、舞台、映画、テレビに幅広く出演し活躍。1995(平成7)年、二代目水谷八重子を襲名し、劇団を牽引する。『滝の白糸』『日本橋』『婦系図』『鹿鳴館』など新派の古典で魅力を発揮する一方、山田洋次監督の脚本・演出『麥秋』『東京物語』『家族はつらいよ』などの新作でも新たな一面を見せる。また、開催十五年目を迎える朗読劇『大つごもり』の主催やライブ活動など、多彩な活動を展開している。1978(昭和53)年に菊田一夫演劇賞、1988(昭和63)年に松尾芸能賞大賞、1992(平成4)に芸術選奨文部大臣賞、芸術祭賞、都民文化栄誉章、2001(平成13)年紫綬褒章、2009(平成21)年旭日小綬章。2018(平成30)年11月新橋演舞場『犬神家の一族』に出演予定。

インタビュー・文 和田尚久(わだなおひさ)

放送作家・文筆家。東京生まれ。 著書に『芸と噺と 落語を考えるヒント』(扶桑社)、『落語の聴き方 楽しみ方』(筑摩書房)など(松本尚久名義で上梓)担当番組は『立川談志の最後のラジオ』、 『歌舞伎座の快人』、『青山二丁目劇場』(以上、文化放送)、『友近の東京八景』、『釣堀にて』(以上、NHKラジオ第1)ほか。