#04

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波乃久里子

――歴史的には新派の女性役は「女方」が中心だったわけですよね。

波乃 八重子先生は「女優の新派」というものを築き上げて、もっといえば女優の地位を上げてくださいました。昔の世の中は女優というものをすごく低く見ていたんです。
 そういう時代に生きているから、女優は酒席に出てもお酌をしちゃだめだとおっしゃったんです。芸者さんじゃないんだからと。芸者さんは芸者さんの領分がある。こっちは女優なんだから、と。それから、いつも男であれとおっしゃった。女を出しちゃいけないと。女の武器なんて使ったら安っぽいと言われました。それだけに、すごく難しい。
 これはひとつの例えですが、大道具さんに簡単に声を掛けられるような女優はだめよとおっしゃっていた。出世は早いけれど、長続きしないと。つまり声も掛けられないくらいの高嶺の花になっていろという意味ですね。あれは摘めないなという女になっていろと。ですから気軽に声をかけられるようなのはあなたたちが悪いのよとおっしゃる(笑)。

昭和50年頃の共演舞台
(左から2番目から波乃久里子、水谷八重子、初代水谷八重子)

――近年、河合雪之丞さんが加入されて、久しぶりに「新派の女方」がクローズアップされていますね。

波乃 今まで自分がやってきたお役を雪之丞さんがなさるのだから、とても素敵な後輩が現れたと思っています。来年一月に雪之丞さんが『日本橋』にお出になりますが、やっぱり芝居を成功させてほしいんです。ですから一月公演は私も協力させていただきたいと思っています。

――女優と女方が競うというのは、新派くらいにしかないでしょうね。

波乃 もともと新派の女方さんというのは「男」がなるんですよ。先代の喜多村緑郎でもまったくの男です。花柳章太郎も河合武雄も男ですよ。心持ちがという意味ですね。
 そこへいくと、雪之丞さんは歌舞伎育ちの「真女方」でしょう。ですからこの方にまず「男」になってと申し上げたら「わかりました」と言ってくださって、これからが楽しみです。

――もうひとり、喜多村緑郎さんも新派の可能性を広げています。

波乃 数年前に『国定忠治』を緑郎さんがなさったときに、わたしは「何で新國劇を新派でやるんだ」と不服でした。「何だ、新國劇になったの?」と思ったけど、拝見したら、どうしてどうして、最高に素敵でした。これは緑郎さんの十種に入る、すごいものだと思いました。
 それから、新派と言ってもジャンルはないんじゃないか、と思うようになったんです。新國劇だ、新派だって分けて考える必要は無い。それが今回の『犬神家の一族』にもつながっていると思います。

――今後の新派をどうしていきたいですか?

波乃 いろいろな人と付き合っていきたいですね。役者にしても作者にしても。新派はいろいろな要素が入ってきてもできる劇団ですから。このあいだ、テレビドラマで室生犀星の『あにいもうと』をさせていただいたんですが、そこでわたしの息子役をなさった大泉洋さんが『犬神家の一族』のチラシを見て、「こういうのやっているの? 僕これなら出たい」とおっしゃってくださった。ですからそういう企画があってもいいと思うし、それから今回『犬神家の一族』に浜中文一さんが出演しているように、ジャニーズの方たちとももっと何かできたら嬉しいです。
 そうやって、新派というものを世の中に分かっていただきたいです。
 もうひとつは、新派の中に、みんなが知らない素晴らしい俳優がいるから、その人たちが光る舞台をつくりたいですね。勿体ないんですよ。お蔵へ入って、そーっと人形を出して、はたきではたいたらすごい人形だったというような(笑)人がいるんです。
 二月に『華の太夫道中』に出演する高橋よしこさんは、もともと俳優座にいらして、その後新派に入られて、もう六十年。今回は共演できてうれしいです。そういう方たちともっともっと一緒に出たいですね。
 もっと言うと、一緒に芝居をしたうえで、喧嘩をし合いたいです、最後には。芝居というのはお手々つないで、いちにいさんでやるものではなく、ぶつかりあって、切磋琢磨してつくるものですから。
ただ人間がよくなきゃだめですよね。芸は人なりというから。人の足を引っ張ってごまをすってはだめですよね。それから悪い人間にはなってはだめです。舞台が汚れますから。そうわたしは思います。魂はきれいなままで、というのはやっぱり八重子先生の教えですね。

おわり

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#03#05

波乃久里子(なみのくりこ)

祖父は六世尾上菊五郎、父は十七世勘三郎という歌舞伎の家に生まれ、昭和25年、十七世中村勘三郎襲名披露公演で初舞台。初代水谷八重子に魅せられ、37年に劇団新派入団。正統派の新派女優として芸を継承し、『婦系図』『遊女夕霧』など多くの代表作を持つ。平成29年『お江戸みやげ』では父・勘三郎の当たり役に挑戦し好評を博した。テレビドラマ、映画でも活躍。平成23年に旭日小綬章を受章。

インタビュー・文 和田尚久(わだなおひさ)

放送作家・文筆家。東京生まれ。 著書に『芸と噺と 落語を考えるヒント』(扶桑社)、『落語の聴き方 楽しみ方』(筑摩書房)など(松本尚久名義で上梓)担当番組は『立川談志の最後のラジオ』、 『歌舞伎座の快人』、『青山二丁目劇場』(以上、文化放送)、『友近の東京八景』、『釣堀にて』(以上、NHKラジオ第1)ほか。