#05

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松竹衣裳 海老沢孝裕

――豪華絢爛な歌舞伎の衣裳はどのように出来上がっていくのでしょうか。

海老沢 俳優の配役が決まると、各劇場、各狂言を担当する「狂言方(きょうげんかた)複数名居ります」といって歌舞伎の脚本の執筆や改訂を行ったり、舞台の進行をはかる方が、誰がどんな役をやるのかを俳優さんと演劇担当プロデューサーが打ち合わせをし決定事項から順次「附帳(つけちょう)」と呼ばれる和紙でできた小冊子に書きこみ全公演分が完成すると、各劇場の各担当部署に配布します。これは昔から作られており、昭和20年位からのものは全て社内に残っています。初日が開いて4~5日経つと使用している衣裳もおちつき、各担当者が、どんな衣裳を使用し着たのか書きこんでいきます。プラモデルの設計図面のようなものです。次回使用するとき設計図面から実際に形にするには、俳優の年齢や体格、こだわりなどを考慮し調整されるため、あくまで参考のものです。

※「附帳(つけちょう)」イメージ

 衣裳を作っていく上で、「見せ衣裳」とよばれる打ち合わせが行われます。基本的に、立役(たちやく)の俳優から先に打ち合わせをし、その後女方の俳優と行う事が多いです。というのも、女方さんは立役がどんな色味のものを着るのか、横に並んだ時にどのように見えるのか、配慮をし、調整をされる方が多いからです。相手は、百戦錬磨の俳優。私たちは、技術と長年培われてきた知識をもって、会社(蔵)にどんな今回の芝居に使用できそうな衣裳があるのか頭に入れて、臨みます。俳優も私たちも真剣勝負です。

――「見せ衣裳」ではどのような確認をするのでしょうか。

海老沢 「色見本」といって色味の一覧がわかる見本帳を数冊片手に、色味の打ち合わせを行います。白い台紙に見本生地が付いている為、本番で使う生地の相違も含め、黒くくりぬかれた紙で一つ一つ囲みながら、色を強調して俳優に見せます。この時に大事なのは、今どんな環境で色をチェックしているのかということです。お部屋に入ってまず、昼間なのか、窓がしまっているのか、襖なのか、蛍光灯がついているのか、LEDなのか、裸電球なのかを確認します。部屋の明るさと歌舞伎座など劇場の舞台の上での明るさは違うため、歌舞伎俳優と私達がその時のイメージした色とは違った色で見えてしまうからです。また、最近では各劇場LEDが使用されるところもあり、気を付けなければいけません。裸電球は、触ると熱いですがLEDは熱くありません。つまり、それだけ色温度が電球ひとつとっても違うということです。染料で染めた場合、表面の生地の凹凸によって見える色も変わります。ですので、舞台上でどう見えているのか、一番バランスよく見える劇場の真ん中より後ろから必ずチェックをしています。最終的な形になるまでに、長いものでは一着につき2~3年かかることもありますよ。

――洗うことのできない着物の衣裳は舞台上演中、どのように保管されるのでしょうか。

海老沢 公演中の衣裳をメンテナンス保管するために、ベンジンというものを白粉を多く使う狂言の時等は500ミリリットルの瓶で1日8~10本使って手入れをします。木綿で作った袋状の中に綿を入れ閉じ、ベンジンを沢山ジャバジャバと溢れるほど使って、衣裳に付着したおしろいを取ります。取るというよりも散らすというイメージでしょうか。お客様からは毎回新しく綺麗な衣裳に見える様手入れをします。半月以上この作業をしていると、指紋はかなり薄くなります。よく若い子に「悪いことをしても見つからないよ」と冗談を言っていますね(笑)。

つづく

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