映画・アニメの世界

vol.2 美術デザイナー

作品の世界観を現実に 松竹撮影所
美術デザイナー 西村貴志

スクリーンに映し出される映画の世界。何気なく観るその風景を作りだすため、すべてをかける仕事がある。
今回は松竹撮影所より美術デザイナー 西村貴志さんをご紹介します。

Q.美術デザイナーを志したきっかけは何だったのでしょうか?

西村:子どもの頃から映画を観る家庭に育ったからだと思います。当時のことを思い返すと、日本映画をよく観た記憶があります。特に『遥かなる山の呼び声』(1980年、山田洋次監督)や『男はつらいよシリーズ』(同監督)は、今もはっきりと覚えています。中高生になると、友達と頻繁に映画を観るようになり、気づけば、将来は映画製作に携わりたいと思うようになりました。松竹の映画の記憶は、大船撮影所の鎌倉映画塾(2期生)という、松竹が運営していた映画塾に入るきっかけにもなりました。その後大船撮影所に入社、美術デザイナーとしての道を歩むことになります。
※鎌倉映画塾※ 1992(平成4)年5月7日、大船撮影所内に開塾された。 2年前の「KYOTO映画塾」に続くもので、創造・技術・美術の各コース計50名の第1期生が入塾した。2000(平成12)年、(6月の大船撮影所閉所にともない)3月24日、閉塾。7期生が最後になる。
美術助手として働いた『学校Ⅱ』(1996年)

―映画製作の中でもなぜ美術だったのですか?

西村:小さい頃から絵を描いたり、物を作ったりするのが好きだったからです。映画塾へは40人の同級生と入塾したのですが、美術コースを選んだのは2人。美術にとって必要な、セットの図面を書くことや基礎を全て教えてもらいました。当時は、とにかく現場の人が怖くて、素人には触らせないという空気を感じていました。それでも厳しく教えてもらったことは、今も身になっています。

―どのようにして、助手からデザイナーへとなられたのでしょうか?

西村:最初の十数年は、助手として現場につきました。映画『学校Ⅱ』(1996年、山田洋次監督)が映画助手としてのデビュー作です。とにかく喰らいつく日々。 監督やキャメラマンのリクエストに応えなければならない現場での大変さを痛感しましたが、同世代のスタッフと切磋琢磨した日々は、充実したものでした。以降、約20作品を助手として担当しました。 助手の経験を積み、作品にデザイナーとして携わるようになったのは、『犬と私の10の約束』(2008年、本木克英監督)から。デビュー作でありながらも、セットを作らせてもらい、自由にやらせてもらって、とても恵まれた環境でしたね。セット作りは美術デザイナーの腕の見せ所ですから。

Q.美術チームは、どのような体制で撮影に臨まれるのでしょうか。

西村:大きな作品だと、助手3人以上の体制になります。が、最近は助手2人で臨む作品が多いです。3人の場合だとチーフ、セカンド、サードと分かれ、それぞれ業務を分担します。 主にチーフはセットを、セカンドはロケを担当し、それぞれデザイナーが書いたラフ図面やイメージ画に基づいて詳細図面を書きます。その後、作業スケジュールを組んで大道具スタッフや外部の業者と打ち合わせし、制作発注を掛けます。サードは、飾り用のポスターや企業のロゴマークをデザインしたり、撮影現場に付いてセットの汚しを足したり、壁をバラしたり、また枯葉を降らせたりなど、現場のあらゆるリクエストに応えます。すなわち撮影カメラの後ろと前の両方の設えをします。 助手2人だと、3人分の業務を2人で分担することになります。
実際に西村デザイナーが描いたイメージ画
―作品にはどのタイミングで携わることになるのでしょうか。

西村:近頃の標準的な作品の場合、クランクインのおよそ3ヶ月前から顔合わせおよび打合せが始まります。その後チーフが2ヶ月前、セカンド、サードが1ヶ月半前から合流し、具体的な作業が始まります。撮影期間は、およそ1ヶ月半。撮影後、チーフ以下は次の作品に移っていきます。最近は、映画作品に加えて、地上波テレビの深夜ドラマやBSテレビドラマ、さらにHuluやAmazonプライムなどの配信ドラマなどが増えてきて、美術スタッフも慢性的な人材不足に陥っています。
『空飛ぶタイヤ』(2018年公開)原作・台本

Q.近年は、CG技術の発展など映画製作のあり方が変化をしています。
美術デザイナーとして、そういった変化をどう見られていますか?

西村:表現の幅が広がった。一方で、よりCGの得意不得意な分野を理解することが必要になりました。CGの特性を知らなければ、効果的に物語の世界観を映像化することができないということです。例えば、真夏に撮影された『ソロモンの偽証 前篇・事件』(2015年、成島出監督)では、いくつかの雪のシーンがありますが、積もった雪はすべて美術で設置する一方、空から降る雪のほとんどはCG。何度もテストを重ね、CG担当スタッフと意見交換した結果、美術のアナログ作業とCGのすみ分けを適切に判断したことで、過去のどの映画の雪のシーンにも負けないものができたと思っています。 しかし、CGが発展している現在であっても、まだまだアナログで作ったものの方が観ている人には“しっくり”くる。自然であるということです。“しっくり”という感覚は、とても大切だと思います。CGの使いどころは、作り手が正しく判断しなければならない。予算や時間の都合だけで簡単にCGに頼りすぎてしまわないように気を付けています。

-他に映画製作の現場はどのように変化をしていますか?

西村:近年、撮影現場でもあらゆるものが急速にデジタル化されましたが、その中でもアナログな手法に回帰している部分もあります。手間と時間がかかるアナログには、リアリティや臨場感で勝る部分があると再認識されてきているからではないでしょうか。 また最近では、予算やスケジュールの都合で、スタジオセットを建てることが減り、ロケーションで撮影する分量が増えています。スタジオセットでは、作りこんだ画作りができる上、演者が芝居に集中できる環境が整いますが、ロケーションでは周囲の環境や季節の影響、撮影時間などの制限が多い。 最低限のクオリティを保つのが精一杯というところもありますが、少しでもお客様に楽しんでいただけるものを作りたいと思って日々格闘しているのが、現在の映画製作現場の現実です。

『ソロモンの偽証 前篇・事件』(2015年)撮影現場

Q.西村さんの考える美術デザイナーとはどのような仕事でしょうか?

西村:登場人物がどういう家族構成で、どういった環境で育ってきたのか。そういった細かな情報を積み重ねてキャラクターの個性を見出し、リアリティのある世界を生み出すことで、監督の要望に応えた場面を作る。そして、何より大切なのは、お客様に自分たちの仕事が気づかれないということ。映画を観る人が物語に集中できるよう、架空の世界をあたかも実在しているかのように、具現化する、ということでしょうか。

―求められる能力は、どのようなことでしょうか?

西村:変化に柔軟に対応できること。あらゆることに興味を持ち、知識を得ること。コミュニケーション力があること。監督やスタッフの意見をよく聞き、自分の考えや状況など、総合的に判断ができること。

Q.西村さんの夢を教えてください。

西村:先ずは携わった作品がたくさんのお客様に観ていただくこと。そして内容が評価され、映画として成功することが一番の夢です。

Q.最後に、松竹の映画の魅力とは?

西村:観る前と観た後で考え方や人生観を変える何かがある。それが松竹の映画の魅力であり、そういった作品を作り続けていきたいです。

西村貴志(にしむら たかし)
松竹撮影所 美術スタッフ
1995年大船撮影所、2000年松竹入社。『犬と私の10の約束』をきっかけに『好きっていいなよ。』、
『白ゆき姫殺人事件』、『ソロモンの偽証 前篇・事件』他ヒット作のデザイナーを務める。
2018年全国公開『空飛ぶタイヤ』でも美術デザイナーとして活躍中。

2018年3月7日公開