映画・アニメの世界

vol.7 照明

作品を色付ける
照明 土山正人

朝、昼、夕、夜。時の流れは主人公を成長させ、人生を物語る。それらの「時」を作るため、全てをかける仕事がある。今回は松竹撮影所より、照明の土山さんをご紹介します。

Q.照明を志すようになったきっかけを教えてください。

土山:中学2年生の時に観た、『ロッキー2』がきっかけで、映画って楽しいなと思うようになりました。その後工業高校に進学しましたが、映画が好きだという思いは消えることはなく、就職するにあたって、好きな映画で何とかできないかと思い、「横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)」に進むことに決めました。工業高校に通っていた当時は、地元の和歌山県で暮らしており、松竹系列の「築映ピカデリー」でアルバイトをしていました。僕はそのとき偉そうに、「このスクリーンに名前を載せに行って来ますので、ダメだった場合はこの劇場で雇ってください」と言って上京したのです。映画学校では、脚本を書く授業などもあったのですが全くダメで…。ふと隅の方に誰も触らない、照明器具が置かれているのを見つけ手に取ったことから、照明の面白さに目覚め、「松竹に行って照明をやりたい」と思うようになりました。大船撮影所の門を叩くことになったのは2年生の7月から。1984年の19歳のことでした。
―その後はどのように現在に至るのでしょうか。

土山:初めての現場は、市原悦子さん主演のテレビドラマ『花王 愛の劇場「お鏡」』で、初めてお金をもらえるようになったのは、2時間ドラマの『赤き唇』(長尾啓司監督)でした。
映画『キネマの天地』(1986年公開/山田洋次監督)では、照明の現場に「もう一人若いやつをつけたい」ということになり、私に声がかかりました。人数もすでに固定されていたことから、芸文契約という形で携わることになりました。これは、照明スタッフとしていながらも俳優としても作品に携わるというものでした。朝、照明部の掃除などを終えた後、衣裳を着てメイクルームに入りドーランを塗り、カメラが回ればエキストラとしてフレームの中に入り、カットがかかるとライトを担いだりしながら働いていました。
映画『キネマの天地』主演の中井貴一さんと。

朝間義隆監督『二十四の瞳』(1987年公開)の時も、ある日呼び出されて「一人、俳優がだめになったから、君やれよ」と言われ、徳田吉次という役が廻ってきたこともありました。でも実は、1954年に木下惠介監督がこの作品を手掛けられた時も、照明部の先輩が同じ役を演じられていたそうです。
その後は、『釣りバカ日誌』シリーズや『男はつらいよ』の36作品目から途中2本ほど抜けておりますが、最後まで携わることもできました。

Q.照明の一連の仕事の流れを教えてください。

土山:オファーがかかると台本を読み込みます。作品の規模に応じたチーム編成を行い、監督、製作部、カメラマン、美術、装飾と撮影場所を探すロケハンに同行します。撮影場所が決まり、美術デザイナーが描いたセット図面が出ると、打ち合わせを行い、作品の設定や狙いどころを話し合います。セット撮影がある時はセット準備。ロケ機材準備を行いつつ、カメラテストに備えます。
ロケ撮影の場合、クランクインを迎え、撮影が始まるとできる限り早めに現場に入り、機材搬入など準備をします。電源がない場所では、発電機や電源車を使用します。撮影が終われば機材をバラシして撤収、の繰り返しです。セット撮影では二重(にじゅう)と呼ばれる足場を組み、高い位置から照明をすることもあります。これは、若手の助手が作業をします。上から全体が見渡せるので勉強の場でもあるのです。
大船撮影所の場合は、作品によりけりでしたが、『男はつらいよ』では見習いを入れて8人体制でした。技師は、現場でどこにどのような照明器具を配置し、光の強弱・堅さ柔らかさ・角度・範囲・影を出すための遮光、そして色等のライティングプランを指示します。チーフの役割はヘッドコーチです。現場では助手を指揮し機材やフィルターなどの発注も担当し、セカンドは電源など機材周りを担当します。助手陣は右に左に上に下にと重い機材を担いで動き回り、様々な技法で狙いの灯りを作りだし、被写体を照らします。ロケでは雨降る夜でも雪の中でも頑張ってくれます。助手時代は体力勝負です。
―セットとロケの撮影とではどのように違ってくるのでしょうか。

土山:セットの場合はベースとなる灯りがないので、まずは主役にあてる主光源のキーライトを決めます。太陽はどこか?光の質感は?室内の電灯は?ライトをどの位置に仕込み、自然に見せるのかといったことを照明部だけでなくカメラマンと光の強さを計る担当であるメーターマンと吟味をします。
―天候など様々な要因で、ライティングプランを組み立て直さなければならないこともあるのではないでしょうか。

土山:予定と全て変わってしまうこともあります。プロフェッショナルというのは、何かが起きたときにどう対処できるかが問われると思います。プランは立てますが、あくまで料理のレシピと同じ。どう調理をするかは、経験値の引き出しを開けて、そこから応用しその場面に向かいます。照明は体と感覚で覚えていくしかありません。私が若い頃、よく先輩に「光が見えてくる時が来るよ」と言われていました。光は人間の目に届くとき、何かに反射をすることで色を識別します。先輩がいう「光」とはそれではなく、強さや色、質感のことです。人間の目は時に、機械よりも正確なことがあります。機械に頼らず、自分の目で確認をしなければなりません。

―『男はつらいよ お帰り 寅さん』(山田洋次監督/12月27日公開)にも、今回ライトマンして携わられていらっしゃいますが、「光」をどのように演出されたのでしょうか。

土山:大船撮影所の代表作なので、助手でもいいので携わらせてほしいと思っていました。本作の舞台は“今”なので、“くるまや”は団子屋からカフェとして姿を変えています。セットは、今回のために新しく作られたものですが、観ている人に「帰ってきたんだな」と思ってもらえるために、時の流れの中にある“くるまや”の懐かしい照明を作らなければなりませんでした。また、これまではフィルムカメラで製作をしていましたが、今回はデジタルカメラで撮影をしました。本作は、フィルムで撮影された過去の映像とデジタルで撮影した新しい映像とが組み合わされているので、違和感がなく一本の映画に観てもらえるよう、灯りづくりをしました。ライトマンとして、先輩に恥じぬようこれまでの照明人生を全てかけようと思い、取り組んだ作品でした。

Q.最近は照明機材もLED化されるなど、変化をしているかと思います。そういった機材の変化は、照明づくりにおいてどのように影響を与えているのでしょうか。

土山:作品の色付けをしていくという点においては、今も昔も変わりません。ただ、映像の邪魔になってはいけないので、色味の違いなどには注意をしています。例えば、LEDはメーカーによって発色が微妙に違っているため、きちんとチェックをしながら決めていかなければなりません。照明機材は、バイポストと呼ばれた、とても大きな電球からハロゲンという小型の電球に変わり、その後も色々と進化しました。今では少ない電力で発熱も少なく明るい光を出せるLEDライトが誕生しました。カメラの感度も高くなってはいますが、大掛かりな撮影ではLEDだけでは光量や質感は十分ではありませんので、どこにどの機材を使うかのチョイスが大切です。

Q.ライトマンに求められる素養とは何でしょうか。

土山:映画が好きかどうか、また焦らず安全に作業ができるか、ではないかと思います。後は、皆で何かを成し遂げるということが苦手な方には、辛い仕事かもしれません。照明部の仲間たちがいなければ、私は何もできません。助手の皆さんが決して、怪我をすることがないように日頃から気を付けています。

―最後に映画における照明とはなんでしょうか。

土山:照明は、黒いキャンパスにライトという名の筆を持ち、フィルターという名の絵の具を塗って、絵を描いていきます。季節・時間・場所と役者の表情・感情を出来るだけ自然に照らしだすこと。それが、照明技師の仕事ではないでしょうか。

土山正人(つちやままさと)
1994年松竹㈱入社。『男はつらいよシリーズ』、『釣りバカ日誌シリーズ』などに参加。『釣りバカ日誌12』で本編技師デビュー。担当作品は『武士の献立』、『愛を積むひと』他。WEB映像照明も手掛ける。劇場公開予定作品に『男はつらいよ50 お帰り 寅さん』が控える。

<おまけ>教えて!照明技師お勧めの一作

『シカゴ』(2002年公開/ロブ・マーシャル監督)

光の変調があったりと、印象的な灯りで、この作品をヒントに次に何か作りたいと思いました。

2019年4月10日公開

取材:松竹株式会社 経営企画部広報室