映画・アニメの世界

松竹の映画製作の歴史 Part10 〈小津調〉

小津調(前半)

小津安二郎が蒲田撮影所に入る

1923(大正12)年、小津安二郎という青年が撮影部の助手として蒲田に入ってきました。彼は裕福な家庭の息子でしたが、中学時代にアメリカ映画のマニアになり、絵心があって、当時の最新カメラを操る芸術家肌の少年でした。そして映画への愛着を捨てられず、伝手をたどって撮影所にやってきたのでした。 入社のとき、松竹の映画を見たことがあるかどうかを質問されますが、日本映画はそれまでに3本しか見た記憶がないと答えたそうです。
ロケハン中の小津安二郎監督
ロケハン中の小津安二郎監督

小津安二郎の厳格で独創的な技法「小津調」

1946(昭和21)年、シンガポールの捕虜収容所から帰国した小津安二郎は、直ちに松竹大船撮影所に復帰して、翌1947(昭和22)年の『長屋紳士録』から戦後の仕事を始めました。この作品は、東京の焼け跡に住む昔ながらの人情に厚い下町の庶民の日常のつきあいを、ペーソス豊かに描いた喜劇であり、やはり真似手のない巧緻な作品となりました。

つづく『風の中の牝鶏』(1948年)では、悲惨な敗戦の現実を描きますが、小津自身も満足した作品ではないとされ、脚本家野田高梧の厳しい意見を受け入れた小津は、以後の全作品で、野田と共同のシナリオを作ることになります。

1949(昭和24)年、小津は野田高梧と共同脚本で『晩春』を発表します。この作品で原節子を初めて迎え、父親役に笠智衆を起用。原作は広津和郎の小説「父と娘」で、小津が、結婚する娘と父の関係を、日常の中で淡々と描いたのは、この作品が初めてとされます。
また原節子が演じるヒロイン・紀子の「紀子三部作」の第一作でもあります。
カメラマン出身ならではの独自の撮影スタイルの徹底や伝統的な日本の美の追求など、世界にも類のない小津の厳格で独創的な技法は頂点に近づいたとされ、戦後の小津作品のマイルストーンとなりました。以後一作ごとにさらに磨きが加えられてゆきます。
『晩春』(出演/笠智衆、原節子)
1949(昭和24)年の『晩春』以降、小津は「一年一作」の寡作監督になりますが、却って一本一本が徹底的に作り込まれていきます。『麦秋』(1951年)、『お茶漬けの味』(1952年)、『東京物語』(1953年)、『早春』(1956年)、『東京暮色』(1957年)、『彼岸花』(1958年)、そして『お早よう』(1959年)など、次々に「小津調」と称される独特の映像世界で優れた作品を生み出します。
『お茶漬けの味』(出演/佐分利信、木暮実千代)

家族が次第に離れてゆくことの悲哀は、小津が生涯描き続けたモチーフです。その悲しみを前提として、だからこそ家族と親しくできる今のこの一瞬一瞬を、限りなく貴重な時間として、至福の時間として、いとおしみ、こまやかに味わうのです。 小津作品の登場人物たちは、互いに相手との間合いに、じつに細心の心づかいを見せます。 小津安二郎が生涯を通じてこつこつ描き続けたテーマは、親しい間柄における人間のつきあいかた、ということに要約できるかもしれません。

『東京物語』(出演/笠智衆、東山千栄子、原節子)

小津調(後半)

世界でも高い評価を得る小津監督作品

映画が日本で公開された1953年からおよそ60年経った2012年、英国映画協会(BFI)が10年ごとに発表している「映画監督(358人)が選ぶ史上最高の映画」で、『東京物語』が第1位に選ばれました。ちなみに、1992年、2002年の第1位だった『市民ケーン』は第3位でした。(第2位は『2001年宇宙の旅』)。 また、同時に発表された「評論家(846人)が選ぶ史上最高の映画」では、『東京物語』は第3位。第1位『めまい』、第2位『市民ケーン』に次いでいました。そして、『晩春』も第15位に選ばれていました。
その他の著名な映画ランキングで『東京物語』は、 米『ヴィレッジ・ヴォイス』紙発表「20世紀の映画リスト」(2000年)では第36位 仏『カイエ・デュ・シネマ』誌発表「史上最高の映画100本」(2008年)第14位 英『エンパイア』誌発表「歴代最高の映画ランキング500」(2008年)第67位 英『エンパイア』誌発表「史上最高の外国語映画100本」(2010年)第16位 トロント国際映画祭発表「エッセンシャル100」(2010年)第15位 英『ガーディアン紙/オブザーバー紙』ジャンル別オールタイム・ベスト(2010年)第4位 など、枚挙に遑がありません。
『東京物語』(海外版ポスター)
また、この『東京物語』のオマージュという形で海外の監督が製作した映画として、ヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリー映画『東京画』(1985年製作)、ジュゼッペ・トルナトーレ監督『みんな元気』(1990年)と、そのリメイクのカーク・ジョーンズ監督『みんな元気』(2009年)、侯孝賢監督『珈琲時光』(2004年)、ドーリス・デリエ監督『HANAMI』(2008年)などがあります。
なぜ世界は、『東京物語』に魅了されるのでしょうか。物語は、老夫婦が尾道から20年ぶりに東京にやってくるところから始まります。成人した子供たちの家を訪ねますが、みなそれぞれの生活に精一杯で、老夫婦には、何か親子の温かさがなくなっているように感じられます。唯一戦死した次男の未亡人の、昔と少しも変わらない心遣いが老夫婦を癒すのです・・・ 家族という共同体が年を経るとともにバラバラになってしまう現実。これは、世界共通のテーマかも知れません。 小津安二郎監督は、戦後変わりつつある家族の関係を、人間の生と死までをも見つめた深淵なドラマとして、独特の落ち着いた雰囲気でつづっているのです。小津監督特有の作風「小津調」に 世界が魅了されているのです。
『東京物語』(出演/笠智衆、東山千栄子、原節子)

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